競馬コラム6 武豊はなぜ強いのか?

武豊はなぜ強いのか?

 二〇一二年は、日本が世界に誇るジョッキー、武豊がデビューして二五年になる。
 一九八七年三月一日にデビューし、翌週には初勝利を挙げた武の経歴は「史上初」「最多」のオンパレードである。

武豊はどれくらいすごいのか?
 まずはデビューした年に新人最多勝記録を二七年ぶりに更新、二年目の秋には史上最年少でクラシックを制し、関西リーシングジョッキーとなった。八九年、九〇年は二年連続で獲得賞金世界一。九一年、JRA騎手として初の海外重賞制覇、九四年にはフランスで日本人騎手で初めて海外G?で勝ち星をあげた。九五年、デビューから八年四ヶ月という史上最短記録で通算一〇〇〇勝。九七年には史上最速・最年少での通算重賞一〇〇勝、JRA全一〇馬重賞制覇。「武豊もダービーだけは勝てない」と言われつづけていたが、九八年、スペシャルウィークに騎乗し、ついに日本ダービー初勝利。翌年にはアドマイヤベガで、史上初の連覇。二〇〇二年にはJRA通算二〇〇〇勝を達成、二〇〇三年には年間勝利二〇〇勝という快挙を成し遂げ、JRAと地方競馬の全G?レースに出場……キリがないのでこれくらいにしておこう。
 しかし武豊は、なにゆえここまで強いのか?

武豊の何がすごいのか?
 武豊自身は、騎手に求められるいちばんのものは「運のよさ」であり、次に「技術」だと語っている。技術のなかでは、五〇?〜六〇?する騎手の身体の重みを、いかに馬に邪魔に思わせないか、という意味で、乗る位置、馬とのバランスが大事だと考えているようだ。
 武豊のどこがすごいのか。「馬の上でのバランス、遠心力に振られないコーナーワーク、前に行きたがる馬の力を巧みに抜く肘のたたみ方など、すべての技術が超一流です」(野平裕二)であるとか「一番優れたところは、馬の個性を見つけるのが早いところかな」(河内洋)といったように、これまでもあれこれ語られてきた。スタートが抜群に上手い、ということも、よく指摘される。武自身、ゴールまでの馬と騎手の呼吸が合うかどうかが決まるため、スタートから最初のひとハロンにかけてがレースにおいて一番気合いが入ると言っている。
 このコラムでも、武豊の強さの秘訣に、いくつかの視点から迫っていってみたい。
 まずはもちろん、一流のアスリートである以上、すぐれた身体能力をもっている、ということが第一点目にあげられる。スポーツライターの松井浩は、スポーツの天才の多くがそうであるように、武豊も背骨周りの筋肉が柔らかく、背骨がよく動く――騎乗中、"背中が波打っている"と形容している。けれど「モノがいい」だけではない。
 武豊は、視界が異様に広く、動体視力が発達している、と言われている。その鍛えられた目を使って、他のジョッキーの技術をよく見ている、しかも、とくに海外の一流ジョッキーの乗り方をみて「なんであんな乗り方で勝つんやろう」と考える。そうして「自分ならこう乗る」という当事者意識を持ってレースを見るのと、ただ漫然と他人事として見るのでは、得られるものが違う。すぐれた身体能力だけでなく、それを活かすための、意識の働かせ方が違うのだ。
 次に、自分にとって競馬とは何か、と問われて「人生」と答えるほどの、競馬愛、研究熱心さが挙げられる。武は根っからの競馬フリークで、京都の自宅では競馬専門の「グリーンチャンネル」がつけっぱなし、海外にいるときも競馬ダイジェストを一日に何度も見ているという。仕事を、競馬を心底愛しているのだ。武は馬を研究して乗るタイプであり、コース、距離、馬場状態、斤量、出走頭数、レースの格、枠順、ペース、その馬の持ち時計、血統、脚質、気性、他馬との力関係などなどを検証するという。日本の中央競馬には、ジョッキーはレース前日の夕方四時までに「調整ルーム」と呼ばれる合宿所に入ることが義務づけられているが、武はそこでレース前夜はお酒を断ち、競馬新聞や「競馬ブック」のような雑誌を読み、レースのイメージを膨らませるそうだ。この詳細なデータに基づいたイメージトレーニングがまた、おもしろい。
 三点目は、「勝つことしか考えない」ことである。武は「負けたらどうしよう」ではなく「勝ったらどうしよう」「これを勝てば何連覇だ」と考えるという。一流の騎手だった父親と比較されても「注目されることはいいことなんで」とけろっと語り、大舞台でも興奮を覚えることはあってもプレッシャーは感じない、という鉄の心臓を持つように見えるのは、勝つことしか考えない習慣ができているからだろう。好きではないコースはあっても苦手意識はもたないようにし、一流馬でない馬に騎乗するときは「どこが劣っているのか」を正確に理解したうえでやはり"勝つための"戦略を立てるという。デビュー当時あこがれだった騎手のひとりにキャッシュ・アスムッセンがいるが、彼は「どんなときもポジティブなものの考え方を忘れてはいけない。それがジョッキーとして成功するための唯一の秘訣だ」と語っていたそうだ。武豊そのものである。
 最後は、自分の軸をもって判断する、ということだ。「この人が目標という騎手はつくらない」と語り、誰かと競っているという感覚はなく、自分が騎手として上手くなりたい、と言う。武豊は厳しい厳しい「自分基準」で判断し、他人に振り回されることがない。馬に乗るときはいちおう「先行馬」とか「追い込み馬」という事前情報は頭には入れたうえで、しかしそれに流されず、自分のからだでその馬の適性を確かめるそうだ。ほかにも、一コーナー一〇番手以内が勝利の条件と言われる「ダービーポジション」に関しても、自分はその言葉が好きではない、それをクリアしただけで勝てるほど簡単なレースではないと語っている。独自の持論があるのだ。豊の父も、師匠である武田作十郎も、兄弟子の河内洋も、みなす武豊ばらしい成績を残しているが、けっして、ああしろこうしろと言うタイプではなかったそうだ。だからこそ、尊敬する彼らの背中をよく見つつも、自分で試行錯誤する力が身についたのではないかと思う。
 武豊は、誰よりも競馬を研究しているからこそ、他人がつくったストーリーや思い込みに流されず、自分の頭で「いかにして勝つか」を瞬時に判断し、天性の身体能力を活かして迷いなく、大胆に乗る。武が乗った名馬ディープインパクトは「日本近代競馬の結晶」と称されたが、実はそれは武豊にこそふさわしい言葉な気がして、ならないのである。

▲好きな色は青、好きな食べ物はイタリア料理。好きな野球チームは阪神タイガース。そんな普通の人間としての一面ももつが、今や日本が世界に誇る一流ジョッキーである。
▲1989年天皇賞秋、武の駆るスーパークリークオグリキャップにクビ差で勝利。TV番組で「あの馬は嫌いです。何を考えているかわからないから」とオグリを評したことも。
武豊は競馬マンガの原作を手がけ、エッセイや日記、インタビュー集もあり、出版界と関係の深いジョッキーである。
▲90年海外遠征時には現地プレスに目標を訊かれ「世界の大レースを全部勝つこと」と返答。

■参考文献

武豊インタビュー集スペシャル 名馬篇 (廣済堂文庫)

武豊インタビュー集スペシャル 名馬篇 (廣済堂文庫)

「武豊」の瞬間 (集英社文庫)

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武豊日記―Take a chance!

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武豊日記〈2〉―Take a Chance!

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武豊のこの馬にきいた。

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